リズが親衛隊に入るまでの話がプロローグです。その部分にあたる6話までは書いてたので載せときます。

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「――青い鳥?」

何処かで聞いた事のある名称だ。
何処でだろう。生まれ故郷のティファニアでも、その名を聞いた覚えが有る。
小首を傾げ必死に自身の記憶の中を探る青年に、上司である男が鼻で笑った。
「何だ、知らないのか?お前の故郷にも時々出張されていただろうに」
男は巨体を上に傾け、空に掛かる城を見上げた。
釣られて青年もまた空を見上げる。…相変わらず大きな城だ。皇后とその城は目の前に立ちはだかっている。

「この国で働く気なら、覚えておくんだな。
――俺達兵士が護るべき存在。未来を100%‘予知’する‘少女’。それが青い鳥だ」

…頭の中で何かが閃く。
そうだ、思い出した。青年は今漸く記憶の海から一つの箱を掴み上げた。

‘青い鳥’。
古代から伝わる‘伝承’に存在するその鳥は、世界の未来を予知する力を持っていたと言う。その力は人々の文明を発展させるのに多いに役立ったそうだ。
とは言え、隣国ヘルトスと戦争間近のこのご世代。
所詮伝承は唯の伝承と詠っていたこの国フェニックスに、青い鳥は舞い降りた。


‘彼女’は突然現れたそうだ。
そして彼女はこのフェニックスの未来を予知した。
その予知が後々本物となった瞬間、王族は直ぐに理解を遂げたのだ。
彼女は青い鳥の‘子孫’である事を。

そして王族は彼女を王室に迎え入れた。
世界を予知するその力。傲慢な王族達が欲しがらない訳が無い。
こうしてフェニックスは世界が誰もが喉から手が出る程欲しがる力を一瞬にして手に入れた訳だが、同時にこの力が戦争に火蓋を落とし掛けている事を、フェ
ニックスの王族達は知らない。

フェニックスとティファニアは友好関係国。
今、青い鳥は時折ティファニアにも足を運んでいた筈だ。
ティファニアの人間の願いを聞き入れ、その未来を予知する為に。


「今からそのお方に伝令を伝えるんだ。お前も来いよ」
「行って良いんですか?」
「これがまた豪い別嬪でな。顔ぐらい見ておきたいだろ?なぁ、リズ」

豪快に笑う上司に、苦笑しつつも青年――リズが頷いた。






*01,青年と青い鳥

(別嬪とかそう言うのは置いておくとしても。従うべきお方の顔ぐらい、見ても罰は当たらないだろう?)





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煌びやかなドレスを纏う貴族に挨拶を続け、豪華なシャンデリアと質の良い赤い絨毯の続く廊下を延々と歩く事数分。
一つだけ装飾の違う部屋に着き、漸くかと溜息を零した。
そんなリズに上司が顰め面を見せる。
「余計な事だけは言うなよ」
念を押され、青年は小さく頷いた。
従うべきお方に自分だって嫌われたくは無い。
挨拶を振られたら軽く挨拶をする程度で済ませようと思ってるし、特別変な態度さえ取らなければ大丈夫だろう。自分に念を聞かせた。
深呼吸した男が扉を叩き、装飾された扉を開く。


――其処に、‘彼女’は居た。

「伝令を伝えるべくやって来ました。
…ああ、コイツですか?コイツは新入りの兵士です。お顔を拝借したいとの事なので、連れて参りました」

右から左に、上司の言葉が流れて行く。
…上司が‘偉い別嬪だ’と言った事は覚えてるけど、此処まで別格な方だとは思わなかった。
緩いウェーブの掛かった髪は、念入りに手入れされているのか幾つもの天使の輪を作っている。
艶の有る白銀の髪が、微かに揺れた。
見とれていると、彼女が此方を向いて微笑んだ。
頬が染まる。心臓が聞こえそうなぐらいに脈打っている。こんなにドキドキするのは初めてだ。しかも笑顔だけで、やられた。だめだ。一目惚れしてしまった。

固まったまま動けずに居ること数秒。上司に肩を突かれ、漸く現実に帰る。慌てて頭を下げた。

「リズ・クライシス。ティファニア出身の兵士です。どうぞ、宜しくお願いします」


…頭を下げたまま硬直する事、数分。


くすりと笑い声が聞こえ、彼女は俺の肩に手を置いた。
緊張してちらりと横を見れば、苦い顔をした上司が頭を抱えている。
(……もしかして俺、何かやらかしたか?)
余計に硬直したまま動けずに居るリズに、少女は甘い声で囁いた。


「青い鳥は、私じゃないよ」


――あれ?

顔を上げる。目の前の彼女は苦笑して此方を見ていた。






*02,青年と少女

(どうやら先程上司に突かれた理由は、「行くぞ」という合図だったらしい)





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「間違えた?あんた面白いのね。あたしが本当の青い鳥、セイエ・アストンよ。
あんたが間違えたこの子はニーナ・アンティナーク。あたしの側近」

…どうやら‘本物’の青い鳥は、豪く勝気な性格らしい。
腹を抱え、今にも噴出しそうなセイエの横。
リズが先程青い鳥と間違えたその少女――ニーナは苦笑交じりに此方を見ていた。


俺が青い鳥と間違えたその少女は、本物の青い鳥の側近、つまり‘お世話係’らしい。
セイエに対し何度も頭を下げる上司は、一度だけ呆れてモノも言えないという顔で俺を見た。
仕方無いじゃないか。あんな別嬪、俺は始めてみたんだから。
正直本物の青い鳥より可愛い気もするけど、そんなこと言った日には俺の首から上が無くなる事は明白なので口を閉じたまま俺も何度も頭を下げる。
未だ爆笑するセイエに、唇を噛締めながら部屋を後にしようとすると、ニーナが此方に駆け寄って来た。

「ごめんね、嫌な思いさせちゃって」
「いえ。お気遣い無く」
間違えた俺も俺だから、何とも言えない。
上司はニーナに対しても頭を下げてから、爆笑の声が響き渡る部屋を後にした。



「お前なぁ…なんて事してくれるんだ。セイエ様が気を悪くしなかったのが幸いだが」
「そんな事言われたって、俺はニーナさんの方が青い鳥だと思ったんです」

「馬鹿野郎。確かにニーナも別嬪だけど、本物はセイエ様だ」

俺だってあれはやらかしたなって思ってる。毒舌の上司に俺はもはや何も言い返せなかった。
暫く上司と小競合いを続けながら、やがて自室に着いて上司と別れる。
部屋に入り、リズは迷わずベッドに飛び込んだ。
装飾品も鎧も、外すのが面倒くさい。
どうせ自分しか使わない部屋だから、多少雑でも大丈夫だ(と思う)。


…ニーナ・アンティナーク。
白銀の髪の、気の弱そうな少女。
俺はどうにもあの子に一目惚れしてしまった様だ。






*03,青い鳥と少女

(もう一度、逢いたい。ニーナに、)





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――気付いたら眠ってしまっていた様だ。
青年が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。

重い体を起こし、すごすごと服を着替える。

(あ、)

窓越しに中庭を見ると、其処には少女が居た。
それを目に見た瞬間。思わず立ち上がり、勢い良く部屋を飛び出す。
――中庭までの道は近い。階段を下りて直ぐの扉を、開くだけ。

「ニーナ!!」

――リズの叫び声に、今将に中庭を後にしようとしていたニーナが振り返った。
傍に寄って来た彼女に、思わず頬を赤く染める。
やっぱり可愛い。身近で見ればそれは明白だ。本気でセイエより可愛いんじゃないかと思った。(本人に言えば絶対に首が飛ぶので以下略)

「その…昼間は、ごめん」

「……ああ、気にしてないよ。セイエも特に気にしてないみたいだし、大丈夫」

微笑んだ彼女に、更に顔が赤く染まる。
別嬪っていうのはきっとニーナの為の言葉だ。セイエも確かに綺麗だけど、あれは別嬪って程じゃない。
ていうか外見は可愛けれど性格が台無しにしてる(これもきっと本人にばれたら打ち首何だろうな)。
不意に中庭に飾ってある時計が視界に入る。
どうやらとんでもない時間まで眠っていたようだ。時間は深夜の1時を指していた。
俺は昼寝していたからとんでもない時間に起きるのは当たり前なんだけど、じゃあ、ニーナは?

「寝ないのか?」
リズの問いに、ニーナが少しだけ儚く笑った。

「寝たくないの。…夜は嫌い」
「でも…具合悪くなったりしないのか?」
「大丈夫。私、結構特異体質だから」
「何だよそれ」
おどけて笑うと、ニーナも釣られて微笑む。
…その笑顔が少しだけ無理をしている様に感じた。



「……なあ、ニーナ」
「ん?」
リズの呼び声に振り返った少女は、既に普通の表情に戻っていた。
吹き荒れた風に、ニーナが髪を掻き揚げる。
…袖裏に、小さなブレスレットが見えた。透き通った青色の、綺麗な細工のブレスレット。



「…俺は、やっぱりお前が青い鳥なんじゃないかな。って思う」

「……」

彼女は何も返さなかった。
…俺の思い過ごしだって分かってるけど、どうしてもそんな気がするんだ。
直感、って奴だろうか。


「…どうして、私が青い鳥って思うの?それを聞かせて欲しいな」

…何処か儚い笑顔だ。昼間見た笑顔とは何処か違う、影の有る笑い。
少しだけ言葉を紡ぐ事に躊躇した物の、それでも、言葉を続ける。

「直感、だ」


苦笑し、変な事を言って悪かったなと返そうとした所で。
急に、後ろから腕を掴まれた。
――ニーナじゃない。ニーナは目の前に居る。
驚いて振り返れば、其処には昼間見た意地の悪い笑顔。



「…セイエ、様」

「あんた、昼間の奴でしょ?――ちょっと来なさい」

彼女はそのまま、俺を引き連れ何処かに歩き出した。





*04,夜中の戯言

(心配そうな顔で此方に着いて来るニーナをこんな時まで可愛いと思ってしまう俺は、相当重症な恋の病みたいだ)





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セイエに連れて行かたのは、昼間彼女に出会った部屋だった。どうやらセイエの自室らしい。
ニーナが部屋に入って直ぐ、鍵を閉めたセイエが近くに置いてあるキングサイズのベッドに腰を下ろす。

「あの、」
これはもう、俺が何か悪い事を言った以外に有り得ないだろう。大人しく謝って置くのが吉だ。
リズが口を開こうとした所で、先にセイエが声を上げた。




「よく、分かったわね」

「は?」


「あたしとニーナの、‘入れ替わり’。…気付いたのはあんたが初めてよ」



…ちょっと、待て。


「えっと、改めまして。私が本物の‘青い鳥’です。…宜しくね、リズ」


待て、待てって。

状況がよく理解できない。
手を差し伸べ、‘本物の’青い鳥と名乗ったニーナははにかんだ笑顔を浮かべている。



「――どーいうこと、だ?」

茫然としたままのリズが、漸く喋れたのはその一言だった。
顔を見合わせたセイエとニーナの内、セイエがベッドから立ち上がりリズの前に立ち憚る。

「あんたが自分で言ったんじゃない。ニーナが‘青い鳥’な気がする。って」
「いや。あれ、割と冗談だったんだけど」
「冗談でも見抜いたのはあんたが初めてなのよ」

そう言って、彼女はこの大規模な‘入れ替わり’の概要を話してくれた。

本物の青い鳥であるニーナと、唯の貴族であるセイエが入れ替わっているのには、深い訳が有るらしい。
――青い鳥は未来を絶対的に‘予知’する事が出来る。故に外敵から狙われる事も多いのだ。

そうなった時、本物の青い鳥を奪われ、殺されてしまえば当然困る。
そこでフェニックスの王族はニーナとセイエの‘入れ替わり’を考えたらしい。
確かに、セイエを表上の青い鳥にしておけばニーナに危害が加わる事が無い。
万が一青い鳥を殺そうとする人間が現れ、表上の青い鳥であるセイエが殺されたとしても。
予言をする人間であるニーナは全く影響が無いのだ。


…貴族というのは、時折とんでもない事を考え出すものだ。



「この事を知ってる人間は?」
「本当に極僅かよ。
あたしとニーナ。それとあたし達の‘親衛隊’である2人の男と、入れ替わりを考え出した少数の王族達。後は友好関係にあるティファニアの王だけ」

…となると本当に小規模だな。
1億を優に越している世界中の人間の、ほぼ全員を騙していると言う事になる。


「あんたには2つの選択肢が有る」

セイエはそう言って、此方を鋭い瞳で見上げた。

「あたしとニーナの入れ替わりは、トップシークレットなの。誰にもばらされる訳には行かない。
だからあんたには此処で‘事故死’して貰う。…それが1つの選択肢」

事故死、って。つまり暗殺か。青年は苦笑した。
例え俺が今此処で殺されても、セイエかニーナが‘俺が部屋に押しかけてきて青い鳥を殺そうとしたから、’って言えば俺は‘事故死’で片付けられる訳だ。
この2人はその‘権力’を持っている。

「そしてもう1つの選択肢。――あんたには、あたしとニーナの‘親衛隊’になってもらう。
要は表上のニーナと同じ位置よ。
…表上はあたしの‘親衛隊’で、裏ではニーナを守って貰う」

「側近になれ、って事ですか」

「そういう事ね」

生きるか死ぬか。俺に迫らせた選択肢はどちらかだ。
生憎俺はまだ‘事故死’する気などない。
それなら、道はひとつ。




「なるよ。親衛隊になって、お前とニーナを守る。…それで良いんだろう?」


「……オッケー。じゃあ宜しく、リズ」

そう言って差し出されたセイエの手を、リズは軽く掴んで握手した。





*05,選択肢

(ニーナの傍に居る事が出来る。正直、それが一番嬉しい)





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その時は部屋に返されたが、朝早くからセイエが叩き起こしにやってきた。
着替えが遅いだの部屋が散かってるだの愚痴を零すセイエを見、ああ。あれは夢じゃ無かったんだなと青年は痛感する。

「…朝から何ですか、セイエ様」

「あんたとニーナ以外に、もう2人。親衛隊の人間が居るの。挨拶ぐらいしなさい。
後あたしの事は様付けなくて良いわよ。親衛隊に入った人間だけの特権よ。有り難く思いなさい」

彼女はそう言って部屋を飛び出していった。
着替えを済ませ剣を持ったリズが慌てて彼女を追い掛ける。
そうして昨日から何度も訪れているセイエの自室に辿り着き、扉を開けば其処にはニーナの他に2人の男が居た。
一見軽そうな中年の男と、如何にも不機嫌そうな青年の2人だ。
リズとセイエが部屋に入ってくるが、青年の方が更に不機嫌そうな顔をみせた。
中年の男は不敵な笑顔を浮かべている。その間に座っていたニーナが、席を立った。

「えっと、紹介するね。
この人はセトさん。セイエのお兄さんなんだよ」

「……宜しく、」

青年の方は一言。それだけを述べた。
どうやら俺が此処に加わる事が相当不愉快の様だ。態度と顔がそう訴えている。
セイエの方も十分捻くれた性格だなと思っていたが、まさか兄まで捻くれてるとは。
アストン家は捻くれ者の集まりかと心の中で突っ込んだ(バレたらきっと2人から攻撃されるのだろう、恐ろしい)。

「で、こっちはハスター。腕の立つ元傭兵」

「宜しくねー」

セイエの紹介に、男が軽笑を浮かべた。
外面から予想してたけど、やっぱり楽観的な性格の様だ。
唯腕が立つと言うのは確かなのだろう。だからセイエかニーナが親衛隊に引き込んだ。という事か。
セトが親衛隊に入ったのは、セイエが居るからだろう。

「えっと。リズ、です。宜しくお願いします」

頭を下げようとすると、セイエに絡まれた。彼女は俺の腕を掴み、笑顔で声を上げる。

「こいつさーあたしとニーナの‘入れ替わり’を見抜いたんだよ。凄くない?」

黄色い声を上げる彼女に、こっちまで苦笑してしまう。
溜息を吐いたのはセトだった。

「それで親衛隊入り、って事か。随分お軽い理由だな」

今の、絶対皮肉入ってただろ。
2人きりだったら多分苛立って殴りかかってた。自粛して唇を噛む。

「穏便に行こうぜ?今後も仲良くしていく訳だしさぁ」

唯一人、ハスターだけが楽観的だ。ニーナが微笑した。…相変わらず可愛い。


「セトもハスターも、リズも。急な話になっちゃってごめんね。
これからも、宜しく」

彼女はそう言って、リズに微笑んだ。
――ニーナの笑顔にやられてるのは、俺だけじゃないみたいだ。赤面したセトが俯き加減に肯いた。
やっぱりニーナには人を引き付ける何かが有ると思う。彼女が笑顔だと、こっちまで嬉しくなって、さっきまで怒っていた事もどうでもよく思えて来る。

「俺こそ宜しくな、ニーナ」

釣られて微笑めば、彼女は満面の笑顔を浮かべた。





*プロローグ,青い鳥と親衛隊と、青年

(守り抜きたい。彼女を、)